2018年01月07日

明けましておめでとうございます。

このブログをはじめてから、10年たちました。
元旦は、大好きなハチ公物語のDVD見て泣いていました。
ちょうど40年前の映画だったんですね、わたしがはじめて見たのはそのだいぶ後でした。
美しい昭和の街並みや、人情、デザイン、演技、編集、全て素晴らしい。

実際の実話とはけっこう変えてあるようですが。
キクさんは死なないでずっとハチを世話しようとしたのに、脱走しつづけてお手上げだったとか。
「ハチは待ちたいのよ。。。」 という言葉。
忠犬だとか忠誠、忠実、従順、という見方が、なんとまあ、人間のエゴなのだろう、と、思い知らされる。
ハチは、自分が一番幸せに感じる事をしていただけだし、好きなように生きていた。
ハチのような犬はバカでないから、大好きな人が死んでしまって帰って来ないのは知っていたはずで、
でも、自分が幸せに感じるひと時、大好きな人を思い出してその人の愛に包まれているのを感じていられる時、を、捨てなかった。
人はそれを、ムダだとかバカだとか言った。
今日、
友達がシェアしてた記事で、本当に同感の、すばらしい記事を見つけたので、ぜひ読んでほしい。
子供達の未来をどうしてしまうのか何ができるのか、考えてほしい。
『 日本の中で常識とされていることの多くが「日本独自の洗脳」であること 』
http://sekaitabi.com/codependence.html
最も感動した言葉のひとつをコピペさせてもらうと、
『 ・・・要は、生命に関わるようなレベルの重要な状況において、
「自分はどうしたらいいのですか?」
「自分はどうすればいいんですか?」
などと、他人に「自分の行方」「自分の人生に関する判断」を委ねません。』

北海道は比較的、特に中小企業同友会での人達やオーガニック関係の人達見てると、やりたい事を夢をもってやっている人達が多いし、社員の個性を大切にしているのをすごく感じるけど、
日本がほんとうにこうなのは、子供の頃から感じていて、私ももちろん海外に行きました。
少子化の時代で、子供達などどうでもいいと思っている人も多いかもしれません。
でもその時点で、もう生物学的に、その人の命は意味も価値も無いのに等しい。
この地球上の全ての基本は同じで、存在の意味も同じです。
命を繋げてゆく為に更新されてゆくのが命。繋げるために、生まれてくる命。
人間は群れで生き残る種(しゅ)であり、もともと自分の子か他人の子かあんまし関係なく、みんなで育てる村文化で、その中でそれぞれ自分が得意なところを分担してやりたい事をやっていた。
子供がいなくなったら、生命の存在の意味は、地球のルール上、無くなってしまう。
日本はもともと今のような状態ではなかった。
いったい今年はどんな年になるのでしょうか。
posted by macco sneezingsparrow at 21:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする