2008年09月14日

16. 「時の終わり と 世界の終結」 について Vol. 2(暦、カレンダー、占星術、メソアメリカ、バビロン、他。)

 
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 16. 「時の終わり と 世界の終結」 について Vol. 2 (暦、カレンダー、占星術、メソアメリカ、バビロン、他。) 

まずは、

[ Zeitgeist からの抜粋 ] (カッコの中のは、私が勝手に注釈つけました。)

また、聖書に登場する多くの占星術的と天文学的な隠喩の最も重要な一つは“時代”と関連がある。 聖書の至る所に「時代」について多数の記載がある。 これを理解するには、まず
 天文学の昼夜平分時(Equinox,春分・秋分) の歳差 (さいさ、Precession : 地球の自転軸がコマの首振り運動の様な回転をしている為に春分点・秋分点が黄道に沿って少しずつ移動する) の現象を知っておく必要がある。

古代エジプトとそのかなり以前の文明は既に、約2150年毎に、春分の朝、日の出が黄道十二宮の異なる宮に起こる ことを知っていた。

 これは地球が自転する時にゆっくりと、傾いた地軸が振り続けるのと関係している。 これがPrecession(プリセション;この単語は、“先行”の意もある) と呼ばれるのは、通常の一年毎のサイクルと違って、星座たちが反対向きに進むからである。
 歳差が12個の宮をすべて通過し終えるのにかかる時間はおよそ25,765年である。 これは「プラトン年(Great Year)」とも言い、古代の社会はこれをよく知っていた。 彼らはこの2150年間ごとの期間を「時代」と呼んでいた

 紀元前4300から2150までは、「牡牛座、金牛宮の時代」である。
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 紀元前2150から紀元1年までは、「牡羊座、白羊宮の時代」である。
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 そして、紀元1年から2150年までは「魚座、双魚宮の時代」であって、
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今日私達はまだこの時代にいるのだ。 
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こうして、(西暦)2150年頃に、私達は新しい時代に入る。「水瓶座、宝瓶宮の時代」である。
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 そして、広義的に言うと、聖書は第四時代を予兆しながらの三時代に渡っての象徴的な動きについて記載している。 「旧約聖書」の中で、(石の板に書かれた)十戒を持ったモーセがシナイ山から降りてきた時、人々が金色の雄の子牛を崇拝していたのを見て激怒する。 そして実に、彼は石の板を粉々に壊し、人々に彼ら自身を“清める”為に殺し合いを命じたのである。
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大部分の聖書学者は、このモーセの怒りは、古代イスラエル人が間違った偶像かその様なものを拝めていた事によるもの、としている。
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 実際には、金色の雄牛は金牛宮・牡牛座の雄牛であって、
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モーセは新しい時代である白羊宮・牡羊座の表わしである。 これが何故、ユダヤ人が今日でも未だに雄羊の角を吹くわけである。

 モーセは白羊宮・牡羊座の新しい時代の表わしであり、新しい時代が訪れるとともに、皆が古い時代を脱ぎ捨てなければならないのである。

他の神々もこれらのような移り変わりを明示している。 キリスト教以前の神、ミトラが、同じことの象徴で雄牛を殺すように。
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 そして、イエスが、牡羊座の次の時代、つまり「魚座の時代、または双魚宮」を先導する者である。

 魚を用いる象徴は「新約聖書」にはかなり多く登場する。 イエスがパンと「2匹の魚」で5000人の民衆をご馳走したようになど。
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 彼が聖職を始めてガラリヤ湖に沿って歩いている時に友達になった二人の漁民は彼について行った。 また、誰かの車の後ろに付いている“イエスの魚”(のマーク)を、私達は皆見たことがあると思う。 ただ、彼らはその本当の意味を知らない。 それは異教徒(Pagan: 辞書的には、キリスト教でない信仰の事を指すが、最近は古代からの土着文化という意味のほうが大きい。) の占星術的象徴で、双魚宮の時代の太陽の王国を表すものである。
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 さらに、推測されたイエスの誕生日は、必然的に、この時代の初めである。

 「ルカによる福音書」22:10で、イエスが弟子に、最後の“過ぎ越しの祝い(Passover: 復活祭/イースターの頃の、ユダヤ教の祭り)” がどこになるかを訊かれた時に、イエスがこう答えた。 「見よ、あなた達が都に入ったら、水瓶を持っている男に会うだろう…彼について行き、彼が入る屋敷に入ればよい。」
この聖書の記述は、抜群に、全ての占星術的な引用の中でも、最も明らかにしているものの一つだ。

 水瓶持つ男は水瓶座、水を運ぶ者で、いつも、水差しから水を注いでいる男として描かれている。 彼は双魚宮の次の時代を表わし、太陽(神の太陽)が双魚宮の時代(イエス)を離れたら、「水瓶座の屋敷」に入る。 昼夜平分時の歳差(Precession)の順で水瓶座が魚座の次となっているように。
 イエスは単に、双魚宮の時代が終わったら、水瓶座の時代が訪れると言っただけなのだ。
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さて、私たちは皆、時の終わりと世界の終結を耳にした事がある。

「ヨハネの黙示録」の中の漫画的な描写と違い、
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この発想の主な出所は「マタイ(Matthew)による福音書」の28:20からで、その中で、イエスが 「私は世界の終結まで貴方と一緒にいる。」 と言う。 
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しかしそのキング・ジェームス版(King JamesVersions;鉄定訳聖書 :1611年に英語に初めて訳された、英語の聖書では最も古いもの) の中の「世界」という語は間違った翻訳である。 他にも数多くある、“間違った翻訳”の中の一つである。

 実際に使われた言葉は 「aeon(イーオン)」 で、「時代」 という意味である。 「私は時代の終結まで貴方と一緒にいる。」 とは、確かだ。 太陽が水瓶座の時代に入る時には、イエスの太陽による双魚宮的性格の時代が終わるのである。

 “ 「時の終わりと世界の終結」、という構想の全ては、ただ間違って解釈された占星術的な寓話なのである。 ”. . . その事を、世界に終結が訪れると信じている、約1億人ものアメリカ人に、教えてあげよう。



さて、
 今私達が使っている暦、カレンダーはグレゴリオ暦といって、1582年にローマ教皇のグレゴリウス13世が、それまでのユリウス暦を改良して制定した。

ウィキペディアから文章をかりてくると、
『 ユリウス暦は、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)によって制定され、紀元前45年1月1日から実施された。 1年を原則として365日とし、4年に1度の閏年に、2月に1日を加えて366日とする。 正確な1太陽年とは、4年に約44分の誤差がある。 それでもカエサルの当時では格段に正確な暦であった。
 歴史的にはいろいろ改変され、4、5世紀頃、アレクサンドリアのキリスト教徒が用いたのはディオクレティアヌス紀元(皇帝・ディオクレティアヌスの即位を紀元とする)であった。 それを6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスが525年ごろの著書『復活祭の書』(復活祭暦表)でローマ建国紀元754年をイエス・キリスト生誕を1年とする西暦紀元が計算された
 これは10世紀頃に一部の国で使われ始め、西欧で一般化したのは15世紀以降のことであるという
( ということは、 6世紀になるまで西暦が何年でいつ始まったか決まってなかったし、殆どの人は15世紀まで西暦なんて知らんかったって事だよね。)

ユリウス暦の方式では1000年ごとに約8日の誤差が生じる。
 グレゴリオ暦では平年は1年を365日とし、4年ごとに閏年をおいて366日とするところまではユリウス暦と変わらないものの、さらに調整を加えて平均年を365.2425日とした。 この調整とは「西暦紀元(西暦)の年数が100で割り切れて、かつ400では割り切れない年は閏年としない。」 というルールを加えることである。 これはすなわち400年間に3回、閏年とせずに平年に戻すことを意味した。
 1582年2月24日にグレゴリオ暦が発布され、同年10月4日(木曜日)の翌日を10月15日(金曜日)とされてからは徐々に取って代わられた。


石器時代の狩猟・採集文化の時から、人は月の満ち欠けを数えていた。
 夜の方が、鹿などの獲物を捕らえやすいので、月明かりは狩猟で重要だった。 満月の頃は、すごいチャンスだったので、あてにした。 そして、一年たって太陽が同じところに戻ってくるまでに、月の満ち欠けのサイクルはまるまる12回と、ちょっとがある事を知っていた。
( だから一ヶ月は「月」で、英語でも、month, moon-th なのくらいは今でもみんな知ってる。)
 19年で、月が太陽の1年の同じ日の同じ時間の同じ場所に戻ってくる事も知っていた。

 そんで、ヨーロッパのペイガンは1年が13ヶ月で、太陽に合わせる為のその短い13月は特別で神聖だった。 それが、キリスト教が13という数字を嫌う原因だとも言われている。
 ( 新年は、ハロウィンの秋だった。 ハロウィンはSamhainという、日本でいえばお盆と同じで死んでしまった家族の霊が家に帰ってきてくれる時でもあった。)

 そして先にも述べた様に、
ユリウス暦が西欧で一般化したのは15世紀以降のことであるという
 しかもイギリスでは、近代になるまで暦の日付は地方によってバラバラで、3〜4ヶ月もずれていたとこもあったそうだ。 太陽と月の様子を数えて農耕の季節を知るペイガンカルチャーがあったので、ローマの定めた数字による暦はけっこうどうでもよかったらしい。 



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(Egyptian Relief 1350BCE)

 エジプトでは、 10日が一週間で、1年は30日が12ヶ月と年末の5日を合わせた365日の太陽暦で閏年がなかった為に、暦に対して季節がずれていった。 ちょうど1年分ずれて、季節がほぼ同じ日の所にもどってくるまで、ユリウス暦で1460年、閏年なしの1年が365日だと1461年かかることになる。
 地球が太陽の周りを公転して1周するのに、約365.25日なので、閏年がないと1年に約4分の1日ずつズレて行く。
0.25 x 1461 = 365.25 だが、
365.25 x 1460 = 533,265 (日)= 365 x 1461 = 365 x 1460 + 365 。
 そのためユリウス暦で1460年に一度、「不死鳥の年(Year of the Phoenix)」 というのがあり、「鷲(Eagle、太陽の象徴)」に色を塗って飾って椰子の葉の上で生きたまま燃やした。 その灰からはヘビが生まれ、4年後にそれが不死鳥の雛になり、暦が完全に同じところへ戻ってきた。
 (完全に戻るまでに雛になってなきゃいけないから4年先行してやるのかなあ?4年で1日ズレるわけだし。)
 不死鳥が育ってゆくのは1460年ほどかかり、灰の中のヘビの状態が、最後の6時間(0.25日)となったそうだ。
 不死鳥暦はシリウスヒライアカル・ライジング (heliacal rising、太陽が昇る直前に東の地平線から昇る星や星座) がエジプトの毎年の洪水の時期を伝える事に関係していて、シリウス(Sirius)はラテン名で、ギリシャ語ではソティス(Sothis)という事から、不死鳥の暦は「ソティス周期(Sothic cycle)」ともいう。
  紀元前4241年に始まったとされるが、正式に始めたのは紀元前3100年頃で、4241年から3回目の紀元139年にはユリウス暦で7月20日が新年だった事が記されている。



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(紀元前12世紀のメソポタミアから)

 古代バビロンでは、日没時に新月が西の地平線に見えた時が月の初めになり、春に始まる一年が約354日の12ヶ月だった。 当然太陽の1年とズレて来るので、王様が思いついた時に適当に閏月を足した。 火水木金土の惑星の動きは、天体をなす恒星よりも重要だった。
 紀元前747年に新バビロニアを建国したナブ・ナシール(Nabu-Nasir)の時代から、コンスタントで緻密な、空・星の観察と記録が始まったらしい。  そして、月の満ち欠けにそった235ヶ月ある19太陽年サイクルの暦ができ、でもそれだと太陽のサイクルと2時間のずれがあったので、閏年を入れて調節した。
 私達が使っている。「週7日の日月火水木金土」もここで生まれた。 彼らは火水木金土の5つの惑星をよく知っていて、それぞれに象徴する神をあてはめた。(「週7日の日月火水木金土」の使用はエジプトの方が先だったとも思われる。)
 また、私達が使っている12星座の12宮の原型を作ったのも彼らだった。 当初は東から地平線側に下がっていく順で、人生における様々な分野を表すものだった。 順に、1.生活・人生、2.貧困/富、3.兄弟、同胞、4.両親、5.子供、6.病気/健康、7.妻/夫、8.死、9.信じるもの(リリジョン)、10.威厳、11.友情、12.敵意 。 占星術や星座の原型は早くて紀元前3千年頃からあり、早くて紀元前2千年頃のハンムラビの頃から黄道帯(獣帯、Zodiac)などの星座も神話に基づいて作られていた。
 六十進法や円を360度とするのは早くて紀元前2700年頃から使われていた ので、早くから30度ずつに区切った12宮があったが、太陽に合わせた暦や天文学や黄道の全容がだいたいきちっと整ったのは紀元前539年に新バビロニアがペルシアの大キュロス(Cyrus the Great)に攻め落とされてからだった。
 この時、紀元前597年のバビロン捕囚でエルサレムで捕まってバビロンに連れて行かれてた、約3千人の有力者を含む1万人以上のユダヤ人が、537年に大キュロスのおかげで開放された。 (それで最初にエルサレムに帰ってきたのが4万2千462人で、かなりの者がバビロンに残ったということは、かなり増えたように思う。)
 バビロンにいる間に、ユダヤ人はメソポタミアの天文学や暦、様々な文化を吸収した。 そして、大キュロスは彼らにとってまさしく、救世主だった

前にもリンクつけたけど、ヒロさんという人が作ってくれた、12星座の解説について、とてもステキなページ。 その後の12星座がどうなっていったかを、とてもドラマティックに紹介してくれています。
>>>『十二宮星座をもとに記憶・伝承されたマルコ福音書;ヒロさん日記』

それと、知らなかったら、読んどくとわかりやすい、
>>>『バビロン捕囚;ウィキペディア、日本語』
>>>『大キュロス;ウィキペディア、日本語』

( それから、メソポタミアで数学が発達してピタゴラスの定理・三平方の定理やルートの計算までできるようになったのが紀元前19世紀頃らしく、それはマルドゥク(マードゥク)という木星の神(古代都市バビロンの守護神)が現れて記され始めた紀元前18世紀より前であるとも言える。 そしてバビロンでは通常、マルドゥク(Marduk,マードゥク)が支配する木星がニビルだとされていた

 多神文化であったメソポタミアで国王達の権力争いが起き、第一の王権ができた流れが、マルドゥク(マードゥク)の神話で表現され、エヌマ・エリシュ(バビロンの神話集)に刻まれたと言われている。

  紀元前13世紀になると、エヌマ・エリシュの中のマルドゥクを聖職者達がアシュル(Ashur)という太陽神で置き換え、紀元前8世紀の終わりには代わりにアンシュル(Anshur)という空の神に置き換えた。 それも王達の権力誇示の現れであるようで、紀元前15世紀くらいからのアッシリアの王達の半分くらいに、アシュルという名が付いている。 ただ、エジプトの王達と違って、バビロンの当時の人達は王達自身が神そのものだと思われていたわけではないらしい。)

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マルドゥクと竜(ムシュフシュ)
>>>『マルドゥク;ウィキペディア、日本語』
>>>『ムシュフシュ;ウィキペディア、日本語』

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アッシリアの太陽神アシュル(Ashur)。 翼と角が生えた太陽や牛もアシュルのシンボル。
>>>『アッシュール;ウィキペディア、日本語』

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紀元前9世紀頃のアッシリアの太陽神シャマシュのレリーフ
>>>『シャマシュ;ウィキペディア、日本語』

( ・・・これも蛇と鷲の話みたいですね。 詳しくはまた後で。)



・・・というわけで、 Zeitgeist で説明してくれている様に、
少なくともこの2千年間ずっと、キリスト教による、「世界の終末、この世の終わり」、の概念と感覚が人々の脳に植えつけられてきた。

でも、なぜ2150年ではなくてイルミナティ計画では2012年なのか。
それは、マヤ文明のカレンダーによると、2012年の冬至が、一つの大きい暦の循環の一区切りだからだ。 マヤ文明のカレンダーも他の
メソアメリカ(Meso-America)文明(メキシコ湾と太平洋に挟まれた、北と南のアメリカ大陸のつなぎの部分で、古代からオルメク文明、マヤやアステカなどがあり、15世紀にスペインの植民地になるまで続いた)」
から伝えられたもので、二十進法で成り立っている。
 今私達が使っているグレゴリオ暦でいうと、繰り返しのない約5125年分の「長期暦(Long Count Calender/ロング・カウント・カレンダー)」が石碑に刻まれている。
 それによると、現在のサイクルの始まりは紀元前3114年8月11〜13日で、2012年12月21〜23日に終わる
( マヤ文明には、太陽の365日のハアブ暦と月の260日のツォルキン暦があり、それらを組み合わせた約52年で1周する、カレンダー・ラウンドという区切りもある。 ただ、ツォルキン暦は人間の妊娠期間に基づいているらしく、他にも金星や他の惑星に基づいた色々な暦もある。
 それと、彼らはハレー彗星が2012年に来ると計算したという説もある。
詳しい事は、機会があったらまた後日説明しようと思いますが、マヤ文明の暦についてはいちおう日本語ウィキペディアにも色々あります。)


 で、なんでマヤ文明なのか。
マヤ文明、と言っているが、結局、古代から発展しながら続いていたメソアメリカ文化の事だ。
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 マヤ文明のカレンダーが、西洋で知恵をしぼって段階的に修正してきた暦よりも、はるか昔から長期的な正確度に優れているのと、西洋でルシファーの象徴である金星や、13という数もマヤの天文学や暦でとても重要だったり、 アステカ文明では神政政治による結構なスケール(15世紀に、1年間に25万人という記録がある)での人間を生贄にして神に捧げる伝統もあったのが今でも一部であたりまえに残っていたりするらしいので、世界のエリートを名乗る金持ちの悪者軍団が好きそうなのはもっともだ。

 遺跡の神殿の壁にはほとんどスプラッターものの、切り刻んだ人体を飾った模様で埋め尽くされたのもあり、恐怖によって人をコントロールする為の神殿とも言われているが、どうやら、神への生贄となるのは幸せな事、という文化だったという方が大きかったらしい。
 古代からメソアメリカにも終末論はあったが、善と悪の区別があまりなかった、というか、とにかく、今の私達の価値観とは凄く違った。

( 9年ほど前に私がイギリスの語学学校にいた時、コロンビアから来てた医者の語学留学生の話しだと、古代から続く国民的な伝統球技の大会が毎年あり、優勝して1位になったチームの人は、全員生贄として殺されるそうだ。今でも・・・って、殆ど10年前に聞いた話ですが。。。で、神への生贄になるのは、とてもメデタイ幸せな事だと言っていた。 彼自身は、それはマヌケな伝統だと思う、と言っていたけど。)

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( これはアステカのCalender Stone、カレンダーの石で、「太陽の石」と呼ばれている。 真ん中に棒を立てて、影を見て計る時計だったらしい。  彼らは第5時代に生きる、世界の最後の人間で、第4時代の人々は大洪水によって滅ぼされたと信じていた。)


 New World Orderの2012までのミッションは、増えすぎる人口を大々的に減らす事だ。 G8サミットなんかで貧困救済とかの協議をしても、まずその前に、「増えすぎる人口を減らす」 という根本鉄則で各国の政府同士で合意してあるのだから、ただの八百長でしかない。  適当に援助して恩を買っといて、後は戦争だの地震だの台風だの異常気象だのを意図的に作って起こして、金儲けしながら大量処分すればいい、という計画になっている。
古代からの生贄の歴史や思想についてはまた後日書こうと思うけど、とりあえず、

「増えすぎる人間の人口を調節する事を神と約束する神話」 は、古代バビロンのシュメール神話にもある。>>>『 エンキ(メソポタミア神話)、“大洪水から人類を護る”;ウィキペディア、日本語』
( バビロンの大洪水神話で、“エンキ”バージョンので見つかった最も古い粘土板は紀元前16世紀くらいに彫られた様で、“ギルガメッシュ”バージョンの粘土板は紀元前13〜11世紀に彫られたらしい。)

古代メソアメリカでは、「とにかく大量の人間の血を神に捧げなければ、この世が終わってしまう」 と信じていた らしいし、人肉も食べていたらしい。
 ( まあ、人口の増えすぎや人間の豊かな食生活が環境を破壊する事実を考えれば、そんなに間違ってない論理だとは思うけど、・・・そもそも他の古代文明は薬草や蜜蝋などでの避妊が紀元前何千年も前からあったし、病気などで子供が生き残る確立も少なかったのだが、メソアメリカではまるで、ガンガン血を流す為にガンガン作ったみたいですね。)

The Aztecs

http://uk.youtube.com/watch?v=EOYwhEkotFY

( イギリスにいた時にこの事についてはよくテレビでやってたので、Youtubeで捜したけど、アメリカのしか見つかりませんでした。 でも、英語の字幕がついてるので、英語わかる人にはわかりやすいと思います。 ・・・イギリステレビ版のほうが映像が分かりやすくて良かったんだけど・・・。)

で、
 いちおうオフィシャルに西洋が最初に 「アメリカ・新大陸」 を発見し、西洋人を移住させて征服を始めたのは、スペインがスポンサーの、クリストファー・コロンブスが15世紀にキューバあたりに着いた時からなのはだいたい誰でも知ってると思うけど、「新大陸、アメリカ」の事を、「New World・新世界」 という。 で、New World Orderは「新世界秩序」 である。 暦というのは、政府にとって、人間達を管理する秩序のメドでもある。

( 「ニュー・ワールド・オーダー」という言葉が始めに一般に使われだしたのは、第一次世界大戦末期のウッドロウ・ウィルソンの「十四か条の平和原則(1918年)」と、それによってできた「国際連盟(1920年設立)」についてだそうだ。 彼はベルサイユ条約(1919年)に調印して1919年から国際連盟を立ち上げ、「1919年のノーベル平和賞」を翌年に受賞した。 )

 書くの忘れてたのでつけたし。 2008年9月24日
一般に、 New World Order・「新世界秩序」 は、ピーターがZeitgeistで紹介しているように、「陰謀説の水瓶座の時代」 の事を指して言われたりします。
そして、新世界秩序 はもう既に陰謀なだけではなく、フリーメイソンによって実現されている現実だとも言われています。  

 イルミナティ創設の日に、全ての君主政府と全ての宗教を廃止する等の内容のNew World Orderの計画の本を、ヴァイスハウプトが出版したのは1776年5月1日。 
 アメリカの国璽のピラミッドの裾に書いてあるMDCCLXXVIは1776の意味で、1776年7月4日にはアメリカ独立宣言が発布された。   ]



さて、
 コロンブスがちょうど着いたメソアメリカは金銀が豊富で、スポンサーになったスペインは大もうけをした。

移住してその土地に入ったらその土地の神(自然神)に従い、受け入れてもらえるように努力する、という感覚は日本人にも古来からあると思うけど、アメリカに移住した “古代から乗っ取る事がお得意でお家芸の、猿知恵によって啓蒙された悪徳連中” は、そこに新しい帝国を築くことにした、らしい。

 で、(実は古代バビロンのシュメールの時代から、海の商人を通してメソアメリカ文化との接点があったとしてもおかしくないと思うけど、)
 バイキングは既にアメリカにはよく行っていたらしいし、アイルランドの古いケルトの伝説には、海の向こうにある「ハイ・ブラジル(Hy-Brazil)」という不思議な島が伝えられ、 しかも、 コロンブスがアメリカへ行った少なくとも100年前から、イギリスのブリストルの猟師たちは北アメリカに魚を捕りに行っていて知っていた

「アメリカ」 という名の由来は、アメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucci)という、アメリカ新大陸を捜していたイタリア人の探検家・商人のラテン名、Americus VespuciusのAmericusの女性形のAmericaから来ているとされる。 
 コロンブスは最後まで、自分はインドの新しい部分を見つけて植民地としたと信じ、自分が到達したのはインドだと信じたまま死んだ らしいが、アメリゴは始めからインドではない「新大陸」を捜していたという。

 コロンブスのアメリカ海域到達(1492年)を知ったアメリゴは、1497年から南アメリカ大陸北岸を探検した。 コロンブスは植民地づくりに忙しかったが、アメリゴは1504年までに4回新大陸に行き、南アメリカの東海岸に沿ってブラジルまで南下して地図を作った。(だから1507年の地図ではブラジルまでしか書かれていないとか。)
 1506年にコロンブスが死んだ後、「この土地がコロンブスの言うようなインドではなく新しい土地である」 と確信したドイツの地図製作者、マルティーン・ヴァルトゼーミュラーは、 1507年に出版した地図の注釈に「地球は球形である」事と、「アメリカ」の名が「アメリゴ」から由来した事を紹介した。

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 アメリゴは航海中に、南十字星を記した事になっている。 歳差運動のせいで、古代の地中海では見えていた南十字星はこの頃はもうヨーロッパからは見えなくなっていた。


 1507年の地図の北アメリカの部分は、1947年にイギリスのブリストルを出て北アメリカにたどり着いたジョン・カボット(John Cabot、イタリア人の探検家)の情報によるとされているが、
・・・実はさっき書いた様に、コロンブスの1492年の12年前くらいには、北アメリカで魚を塩漬けにする場所がイギリスのブリストルの猟師達によって作られていたらしく、ジョン・カボットの船を手配したリチャード・アメリケ(Richard Amerike)というウェールズの裕福な商人がそれに関っていたらしい。

 ジョン・カボットが行く前に既にだいたいの北アメリカ地図ができていた可能性もあるが、とりあえず1497年に3度目の渡航をしたジョン・カボットはカナダからフロリダまでの北アメリカの地図を作った。 ( 5月に出て8月に帰ってきて、たった3ヶ月でそれだけのことをするのは今現在でも熟練した者でしかできないというから、リチャード・アメリケが原版をもう作っていた可能性が十分ある。)

  1507年の地図を作ったマルティーンは、北アメリカの部分をジョン・カボットが作った地図を基にし、リチャードのアメリケがアメリカの由来になったとも言われている。

 リチャード・アメリケ はウェールズの貴族の子孫でもあった。 1955年にスペインの公文書保存所で、コロンブスの前にブリストルの船乗りが北アメリカを知っていた事を認めている文章が見つかっているそうだ。

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( リチャード・アメリケの家紋。 だいたいこんなの。 若干色とか違うかも。もとの写真に写ってる凄い古い盾みたいのが色ハゲハゲだから・・・。
アメリカの国旗はこれを基にデザインされたとも言われている。 )


 そんで、実はアメリゴの航海は全部架空のでっち上げで、実はジョン・カボットが作っていた地図を横取りしただけだという説がある。

 1498年の4度目の航海で、カボットはアメリカをぐるっと回って日本と中国まで行ったらしい。 で、帰りにアイルランドで船を修理して、またイギリスのブリストルに着く前に海に飲まれたと言われているが、 ・・・実は1500年にポルトガルの海賊がカボットを殺して奪った地図が、イタリアへ届けられたらしい。 アメリゴのおじさんは、かなりのフトドキ者であった教皇を助ける役をしてたらしい。
 で、地図にアメリケの名が書いてあったので、しめしめと思い、自分が行った事にして、地図を自分の手柄としてスペイン王室に差し出したらしい

 当時、ローマ教皇により、新大陸へ行く権利を正式に与えられていたのはスペインだけだった。
 ポルトガルとスペインは新大陸の為に血眼で争い、海賊を雇っていた。

 コロンブスも、1486年にポルトガルの島に住んでいた時に、西インドから帰ってきて遭難したアロンソ・サンチェズ(Alonso Sanchez)を含むスペインの船乗り達を殺して地図を奪い、インドの新しい島を見つけたのは自分の手柄だとしてスペイン王室に差し出したらしい。 もしかしたら殺されたサンチェズ達は、それが新大陸の島だとわかっていたかも。 彼らはサントドミンゴ(後にコロンブスが最初に植民地を作った所)に漂着して、現地の人々に手厚くもてなされたらしい。

 でもこれは、コロンブスの始めの航海につきそった猟師の船乗りの兄弟のうちの一人、Martin Alonso Pinzonが褒美の分け前をめぐってコロンブスに殺されたので、その恨みとしてでっちあげられた作り話という説もある。

全部書くと大変なので、興味のある人で英語のわかる人は、ここを見てみて。 結局何が本当におこったのか私にはわからんけど、結構笑えて面白いと思う。
>>>『Amerigo Vespucci Unmasked at Last!!』
>>>『Christopher Columbus Unmasked at Last!!』
>>>『Ferdinand Magellan Unmasked at Last!!』



 1507年の地図がすぐヨーロッパ中に広まったので「アメリカ」という名になったが、コロンブス(Columbus)に由来して「コロンビア(Columbia)」とも呼んだりする。(コロンビア・Colombiaという国の事ではなく、アメリカ全体の事)。
ワシントンD.C. のD.C. は、“District of Columbia” だ

 アメリカには、「アメリカ」という新しい女神像ができたが、1776年の独立と同時に、その女神像は 「コロンビア(Columbia)」と呼ばれるようになった。彼女は「植民地主義」の象徴である「ピスヘルメット」をよくかぶっている。 主にギリシア神話の戦略を司る女神アテーナー(Athena)とそのローマバージョンのミナーヴァ(Minerva)のファッションがモデルになってるようだ。
日本人でも頻繁に見る姿はこれ。
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 今のNew World Orderの基であるイルミナティが正式に創設された1776年に、13の植民地があったアメリカはどうしたかというと、「独立宣言」をした。
 名目で独立させといてそのつもりにさせといたほうが、植民地を運営しやすいという事だろう。 アメリカの歴代大統領や大統領候補はほぼみんな、ヨーロッパからの王室の子孫らしい。


さて、
 「歳差」 は、月の引力のせいで、今は約72年に1度動く と言われているが、紀元前130年頃にヒッパルコス(Hipparchus)というギリシャ人の天文学者が発見したと主張した時や、2世紀に 『アルマゲスト』 という天動説の本を書いたプトレマイオス(Ptolemy)が知ってたのは、約70年に1度、だった。 ヒッパルコスもプトレマイオスも、古代バビロニアから伝わったものをヨーロッパに紹介しただけの事だった

 現在私達もよく知っている12星座などの、天文(astronomy)と占星(astrology)の方式の最も古い始まりは、紀元前3500−3000年頃のメソポタミアだと言われている。
 その頃のバビロンはシュメールの時代で、既に六十進法と、円を360度として使っていた。 まだ天文学は簡素だったが、メソポタミアの神話や信仰に大きな影響を与えた。


 石器時代から、古代の人は天をよく見ていた。 前回説明した様に、紀元前1万年頃に氷河期が終わってから、紀元前4千年頃から農耕が広く始まるまで、殆どの人は狩猟・採集と遊牧民だった。

 太陽は1日を教えてくれるが、ほぼ毎日出るトコと沈むトコは違う。 でも、北極星はいつもだいたい同じところにいて方向を教えてくれた。
 各古代文明が出てくるずっと前から、そんな事は知っていた。 そして、5つの星 (火星、水星、木星、金星、土星) が、黄道と一緒に動かない事も知っていた。 なんせ、今現在のマサイ族の人でも、視力が7.0だったりする。 当時は町明かりもなく、テレビもパソコンもなかったので空を見る時間はたっぷりあった。 時計は空だった。
 天が時間を決めていた。 星の天体図から季節の訪れのメドも前もって予知できた。 天が教えてくれた。
 人々は星を、天を見ながら行動した。
星座なんて、まるで自分達にかぶりかかるように大きく見えていただろう。


z star map frederik de wit 1630 1698 Planisph 500 .jpg
by Frederik de Wit, 17世紀

( ・・・神話に出てくる巨人って、オリオンをはじめ、天体の星座の人物が基になったと言われている。 それと、昔から思うのは、熊って、昔はシッポが長かったのかな・・・。)
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z star map south orion frederik de wit 1630 1698 Planisph 200 .jpg


 古代シュメールでは、オリオンを紀元前2600年頃のギルガメシュ王が雄牛と闘っている姿とみなした
 ギルガメシュが雄牛を倒し、モーゼに代表される牡羊座の時代が来た。 ギルガメシュの父親と思われるルガルバンダ(Lugalbanda)は、「羊飼いの王」とも呼ばれる。

 メソポタミアのシリンダーシール(円筒印章)のデザインにも、 ギルガメシュが牛を倒している絵とされるものがたくさんあり、鷲やライオン(両方とも太陽の象徴)がそばでお手伝いしていたり、ギルガメシュに鷲の翼が生えていたりする。
z cylinder seal Babylonia g bull lion 8th century BCE 250 .jpg( 紀元前8世紀頃のもの。)

( シリンダーシール・Cylinder Seal というのは、筒型の石に絵などを彫ったスタンプを、手紙などを包んだ粘土の上でコロコロ転がして封印するのに使われた。 視覚による印象の威力は絶大だと信じられていて、そこに神々を描く事によって権力や神の力を誇示し、その重要性を示すコマーシャルにもなった。)

古代の人は既に、
「 約2150年毎に、春分の朝、日の出が黄道十二宮の異なる宮に起こる ことを知っていた。」
しかも、
 歳差のせいで、当時と今の 「北極星 (天の中心、天を支える柱・木/world tree/世界樹)の軸のてっぺん」 は違った

 今の北極星は小熊座(Ursa Minor)のα星の ポラリス(Polaris) だが、
 紀元前4000年頃からは、竜座(Draco)のα星、 トゥバン(Thuban) が北極星に当たる位置にあった。

 トゥバンはアラビア語でバジリスクという意味だそうだ。
>>>『バジリスク;ウィキペディア、日本語』
 ( エジプトのピラミッドに北向きに作られた空洞も、当初この星に向かっていたそうだ。 クリスマスツリーのてっぺんの星はシリウスとも言われるが、world treeとそのてっぺんの北極星の象徴だとも言われている。) 

z pole star Precession 300 .jpg
空の北極点が歳差によって動く円の図。西暦の年代も見える。


 シリンダーシール(円筒印章)にも、竜の神がちからを授けているといわれる絵の物がたくさんある。
いろんな事がよくわかるようにわかりやすくまとめてくれてる英語のページを見つけたので、英語がわかる人は見てみて。 いつか訳して紹介できたらいいんだけど・・・。
>>>『 Sacred Geometry 』


夜の天の中心にいる、夜の神、主は竜座だった。
そして昼間の太陽のシンボルは鷲、Eagleだった。

z winged disc  mesopotamia 170 .jpg   z winged sun 1 Egypt 130 .jpg   z winged scarab 130 .jpg
Mesopotamian eagle winged sun   Egyptian eagle winged sun ついでにエジプト
                      のWinged Scarab

 夏の第三角形の一部である鷲座(Aquila)のアルタイルは、紀元前1200年頃のメソポタミアの星図にも記されている。

 太陽のパワーとしての鷲が常に地底(Underworld)のヘビと闘っている神話は世界中にある

北欧神話では、ヨグドラシル(Yggdrasil, world tree)のてっぺんにいる鷲が、いつも木の根のとこにいる大蛇とケンカしている。 (このページの下にでかい絵貼っときます)

ヒンズーの神、ビシヌ(Vishnu)は、ナガス(Nagas、大蛇)と闘う時は鷲に乗っている。

ヒッタイトの神話では、鷲が爪でヘビをつかんでいるのは、空の神が大蛇の竜、イルルヤンカシュ(Illuyankas、名前には「蛇」とか「ウナギ、Illはeelの語源らしい」とかの語の意味がある)と闘っている象徴とされる。

アステカでは、日の出の太陽のパワーの象徴である鷲が、闇の大蛇を飲み込むとする。

メソポタミアでは、紀元前3千年頃のラガシュ(Lagash)のニングルス(Ningursu)という豊穣と嵐と戦争の神の象徴双頭の鷲で、二つの頭は双子の神と2倍のパワーの象徴であった。

 メソポタミア神話では、
(たぶん北欧神話の基となった)木のてっぺんにいる鷲と根元にはヘビが住んでいて、太陽の神ウトゥに、仲良く食べ物を分け合って、互いに仲良くする約束をしていた。 が、ある日、ヘビが留守の時に鷲がヘビの子供達を食べてしまった。 ヘビは帰って来ると、泣いて泣いてウトゥのトコへ行き、ウトゥはヘビに、死んだ雄牛の胃袋の中に隠れるように言った。
 鷲が牛を食べに来た時、ヘビは鷲を捕まえて、鷲が飢え死にするように閉じ込める穴の中へぶん投げた。 ウトゥは傷ついた鷲を助けてやる為に人間、エタナを送り、エタナがさがしていた薬草を見つける手伝いをさせた。

>>>『 エタナ(メソポタミア神話);ウィキペディア、日本語』

 負けた方は地平線の下・地面の下へ潜り、勝ったほうが空にいると思ったようだが、人間が入ってみる事ができる地面の下は結局いつも暗いので、基本的に闇とヘビは地底に住んでると思ったらしい。 その闇の大蛇が夜を持ってきて、太陽のパワーである鷲が昼間を持ってきた。  狩猟は月明かりによる夜の方が好都合で、竜座の大蛇は方角も教えてくれたので、両方大切だったが、農耕が始まってからは鷲の方が偉くなり、大蛇は地中と闇にいて、土葬した屍を食べてくれた。

 そして、古代文明では灌漑農業がはじまった。 太陽がいくらご機嫌でも、水がなければ命は生まれず育たず、死に絶えてしまう。  「水、命を支える淡水」は、地中から湧き出してヘビの様に流れて行く。

 だから、メソポタミアのシュメール神話にはアプスーという地底の淡水の海があったが、後のバビロンの時代に人格化した神にされ、エヌマ・エリシュに刻まれた。
 先ほども書いたように、多神文化から最高権力の神に変化する為に、マルドゥク王の神マルドゥクが一番偉くなった、当時の人達に説得力のある言い訳が必要だったらしい

>>>『アプスー;ウィキペディア、日本語』
 この、アプスーの主が、さっき上で、人口の調節を神と約束し、洪水から人々を助けた救世主である神として紹介したエンキである。

 エンキは、12星座の山羊座(ヤギ+魚)水瓶座(知性の水を運ぶ者)の原型になった神でもある。 下は紀元前1500年頃のシリンダーシール。
z Goatfishes 1500BC 1100BC 300 .jpg


で、
私が面白いと思うシリンダーシールはこれ。
z cylinder seal 2300BCE akkadian Adda 500 .jpg
(2300 BCE頃 メソポタミアのアッカド時代)

 魚が泳いでる水がジャージャー出てる人は、水の神であるエンキ(後のエア/Ea)、その右はエンキの使者役であるイシムド、 角ばってるけど2つある山の間からニョッコリ出てきている頭は、太陽神ウトゥで、日の出であると考えられる。 羽が生えてるのは女神のイシュタルで、ライオンを従えて弓矢を持っているのはギルガメシュだと考えられる。

 そして、エンキの山羊座の時期に生まれた最も有名な人達は誰かというと、イエス・キリストなどの冬至生まれの太陽神達である。 イシュタルは金星の女神で、恋愛、豊穣、そして戦乱の女神でもある。

そんで、12星座と天体の話にやっと戻るけど、

 私達がよく見かける、雑誌や新聞に「今日の占い」とかで出てる12星座の占星術、ホロスコープの日付けは決まっていて、だいたい同じに統一されている。
 3月21日頃の、春分の日から始まるのが牡羊座であり、夏至の日から始まるのが蟹座秋分の日から始まるのが天秤座冬至の日から始まるのが山羊座、となっている。 これは、春分の太陽が牡羊座がら昇っていた時代に作られたからで、今はイエスのお魚の時代で春分の太陽が魚座から昇っているとすると、・・・ズレているのである。 今は。

 春分から始まる占星術の星座が牡羊座とするのは、トロピカル方式という。 これは、太陽による季節の1周にそって12宮に分けられ、実際の12星座の位置とは関係なくなってしまった

 実際に太陽が通るトコの星座の位置によって占星術の星座の日付けが変わる のが、サイデリアル方式という。 昔と違って、黄道には “蛇使い座” まで入ってきてしまったし、実際に星座の大きさはまちまちなので、けっこうぐちゃぐちゃである。 サイデリアル方式の占星術にいちおう定められた日付も、実際に太陽が通る星座の位置も日々ズレてってるので、かなりのこじつけに見えるが、全部細かく計算するのは凄いと思う。
英語だけど分かりやすいヒョウがあるので、見たい人はどうぞ。
>>>『Sidereal Astrology;ウィキペディア、英語』

 12星座の西洋占星術の普通であるトロピカル方式は、実際のその星座の位置を無視しているのででたらめである、とか、サイデリアル方式支持者によってかなり批判されてきている。 でも、もともと黄道十二宮が季節の移り変わりを知るメドとして編み出されたのを考えれば、季節のシンボルが季節とズレてしまっては、それも・・・意味がなくなってしまう様ですね。

 1922年から神智学協会のロンドン占星術ロッジの総長も長年していた、イギリス人の有名な占星術師、チャールズ・カーター(Charles E. O. Carter)曰く、サイデリアルと、春分時の歳差によって起こる星座の時代について、

 「占星術において、春分・秋分の歳差の教義ほどばかばかしいものはない。 春分時に太陽が通る星座にこだわる奴は、自分で何を言っとるかもわかっとらんのだ。 春分時の牡羊座の白羊宮は、12宮の始まりであり、時計の(針ではなく)12という文字が時計の版の時間の区切り上を動いていくことがない、という事よりも確実なのだ。 牡羊座の始めのポイントが空の12星座を逆行するということはかつてあったが、でも今は宇宙の星座とは一致しないのだ。」
と言ってるらしい。
 私達地球上の生物は、太陽によって生きているので、太陽の季節の太陽のリズムのメドを無視したらなんにもならない、という事だと思うけど。

・・・とにかく、なんだか英語の原文がとても難しくて、私の脳みそでは簡単に理解できなかったので、・・・英語や内容がちゃんとわかる人の為に、もっと知りたい人は、ここ。
>>>『Charles E. O. Carter Home Page;英語』

そして、
 彼は「次元上昇」のカルトについても、・・・彼の占星術ロッジの先代総長のアラン・レオの時代から理解がごっちゃになってしまった事の様で、どうみても嘘っぱちなので、次元は上昇しないが、人間が、出くわした相手によって態度や振る舞いを調節するようになる事だろう、・・・と言ってるんだと思う。
( それが、人々が正直にものを言う事が全くできない時代になるということか、人々が個人個人の状況を考えてあげられるようになるという事か、私には意味がよくわかりません。 )

この、チャールズ・カーターという人は面白い。
 同じ年に生まれて同じ時期に有名だった、チャールズ・カーターというアメリカ人の有名なステージ・マジシャンと区別してもらうために、自分の名前の中のE.O.(Earnest Owen)を強調しなければならず、友達からはOwenとよばれていた。 見た目の印象は「人間ジャイアントパンダ」で、 カーター側の祖父はレンガとタイル産業の富豪を築いた人で、その妻、彼の祖母はどうやらローマ帝国の血筋があったようだ。 そのため、彼は “the Aquarian black sheep of his upstanding family(彼のまっとうなお家の水瓶座のブラック・シープ)” とも言われる。
 チャールズ・カーターは水瓶座で、アラン・レオは獅子座で、ちょうど12星座ダイアルの反対側どうしになる。
 (昨日、マーリンのDVDが届いたのでちょっと見てみたら、ヘレナ・ボナム・カーターが出てた。彼女のお家もけっこうすごい。 カーターでもいろいろあるとは思うけど、この前アイクの日本語サイトでも紹介してくれてたジミー・カーターとかも、みんな親戚なのかなあ・・・。 ヘレナ・ボナム・カーターはハリー・ポターでベラトリックスを演じたそうで、まだ見てないけど、めっちゃハマリ役なんじゃないかと思う。
 ベラトリックスはオリオン座の肩の星で、ラテン語で「女戦士」という意味だそうだ。 「アマゾーンの星」とも呼ばれる。 アマゾーンとは、ギリシャ神話の中で、女戦士だけによってつくられる国の事である。)
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1860年に作られたアマゾーンの像。Pierre-Eugene-Emile Hebert Washington DC


 それと、チャールズ・カーターの祖父の産業は、現在Poole Potteryという、イギリスの老舗の陶磁器製造会社として残っている。 ( そして、陶磁器を作る職人の事をポター/Potterという。 ハリー・ポッターのポッターである。 ははは。) Poole Potteryの陶磁器アート見てみたい人はここどうぞ。
>>>『Poole Potteryのホームページ、英語』

( ちなみに、英語でポティー(Potty)というと、ちょっと頭の変な人、という意味でもあり、子供用のオマルの事でもあります・・・。)

・・・てなわけで、・・・ほんとはバビロンからの終末論や歴史を詳しく書こうと思ってたのだけど、暦や星座の説明だけでいっぱいになってしまったので、続きはまた今度。


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ヨグドラシル(北欧神話のworld tree)、7世紀、アイスランド。
     




このページ編集するのに、また1ヶ月くらいかかってしまった。
なんせ、私自身の脳みそが小さすぎるので、要領の大きいフォルダを頭の中で二ついっぺんに開いて操作することができないのと、何でもどんぶり勘定で覚えているので、書くとなると、ちゃんと捜して調べなきゃいけなくて、調べてるうちに、あ、そうだ、あれもあった、と思い出してまた捜したり、新しい発見のことを考えてみて、どっかに混ぜたほうがよいかどうか考えたり、してたらどんどん時間が過ぎちゃって、それから使っていい事になってる絵や図さがしたりしてたら、毎日パソコン使える時に死に物狂いでガチャガチャやってても1ヶ月かかってしまう。
しかも、理解するのに困難なものにでくわしたら、1週間くらいそれだけで過ぎてしまう。 特に、誰かが言ってる事と違うと思うことについて書かなきゃならない時は、いろんな事を探して確かめるのにもっと時間がかかる。

でもとにかく、私があっちこっちからひっぱってきてまとめた情報が、誰かが何かを知りたいときに役に立てば、とてもありがたいです。

 でも、私がここに押し込んで書ける事は、物事のほんの側面なのです。

 私は占星術によると、とても薄情で冷淡な人間で、自分でもそう思うので、なるべく人に迷惑かけないように努力しますが、いつもうまくいくとは、全然いきません。
 占星術や血液型占いはバーナム効果とも言われますが、情報がとてもポピュラーになった今では、それを言うならプラシーボ効果の方がでかいような気がします。  とりあえず、個人的に、占星術や血液型占いは色んな事の「言いわけ」や「当てつけ」に使えるので面白いと思います。


>>>『バーナム効果;ウィキペディア、日本語』
>>>">>>>『プラシーボ効果;ウィキペディア、日本語』

・・・金魚のフン話ですが・・・。

 さっきのエジプトのWinged Scarabの事ですが、Scarabって、フンコロガシのことらしい。・・・ってことは、あの太陽って、糞とおんなじ位置にいることになる。
 しかも、糞コロガシには自分の昆虫の羽根がついてると思うけど、わざわざ鷲の翼がついていて、・・・個人的に・・・変で面白いと思います。

 ・・・糞って、偉いんですよ。
猿蟹合戦で、サルをこらしめる方法を思いついたのは牛の糞なんです。
 でも、保育園の学芸会などでの猿蟹合戦で牛の糞は登場しません。
もし今登場させるとしたら、
「なんでウチの子が牛の糞なんですか!!!」って、大変なことになるでしょう・・・。


 39代目アメリカ大統領ジミー・カーターの祖先はイギリスのサフォーク出身で、ピューリタンの大移動で1637年にアメリカに来た、トーマス・カーター(1608-1683)で、彼は1642年にはマサチューセッツでプロテスタントのえらい牧師になった。

 チャールズ・カーターの祖父、ジェシー・カーター(1830-1927)のPoole Potteryは現在、DorsetのPooleの、カボット通り(Cabot Lane)という所にあるが、ジョン・カボットと関係してるかどうかは今私には分からない。
 ジェシーの妻はローマ帝国の血筋だとも言われているが、ジェシーのタイルとレンガ産業はロンドン地下鉄や下水の地下路の建設の大部分を占めたらしく、ローマがその昔大昔に優れた水道を建設したのと同じ原理で、優れた粘土とその技術のたまものだった。

 ヘレナ・ボナム・カーターは、前にちょっと紹介した、「モーリス」や「メアリー・シェリーのフランケンシュタイン」にも出演していて、2003年にイギリスのテレビシリーズの「ヘンリー8世」では、アン・ブーリンを演じたそうだ。 彼女の父方の祖母は、第一次世界大戦中にイギリス首相だったハーバート・ヘンリー・アスキスの娘であるので、首相のひ孫である。 彼女の母方の祖父は、ユダヤ系スペイン人の外交官で、ワシントンD.C.のスペイン大使館にいた。 彼女の母方の祖母はユダヤ系のフランス銀行家の娘で、その妹はフランスのロスチャイルドに嫁に行った。
ヘレナ・ボナム・カーターの父のレイモンド・ボナム・カーターは60年代にワシントンD.C.のIMF、国際通貨基金のイングランド銀行で働いていた。 祖父のモーリス・ボナム・カーターは政治家で、クリケット選手でもあった。 ひいじいちゃんのヘンリー・ボナム・カーターは、ジョン・カーターの息子で、ジョン・カーター(1741-1808)というのはポーツマスの市長を9回もした人で、ユニテリアン主義の商人でもあり、彼の後は2代つづけてジョン・ボナム・カーターという政治家になり、彼のずっと前の代から代々ポーツマスの政治と経済の主だったらしい。 そして、そのジョン・ボナム・カーターがヘレナ・ボナム・カーターのひい・ひいじいちゃんになる。

 ネット上でちょこっと調べただけなので、ヘレナ・ボナム・カーターとチャールズ・カーターとジミー・カーターがどこで繋がってるか繋がってないかわかんないけど、とりあえずみんな海沿い、という事で共通してるみたいです。 ははは。

どーでもいい話だとは思ったけど、面白いと思ったので、いちおう書いときました


[ 2008年9月18日追記 ]

 ヘレナ・ボナム・カーターのアン・ブーリンのビデオあったのでのリンクつけときます。 興味のある方はどうぞ・・・。
>>>『Helena Bonham Carter as Anne Boleyn. Part 1;Youtube video』

 ・・・それにしても、彼女はアン・ブーリンにむいてなさすぎ・・・。 アン・ブーリンの肖像画がけっこう有名なので、顔のイメージが違いすぎるのもあるかもだけど、それにしても、アン・ブーリンというよりは、そのまんまヘレナ・ボナム・カーターってかんじです・・・。
 アン・ブーリンって、もっと顔が長くて地味な顔の雰囲気のイメージでしたが、ヘレナ・ボナム・カーターは“ちゃめっけたっぷり”でかわいすぎです・・・。

 このヘンリー8世も、伝統のイメージとしてはえらくミスキャストですね。 これじゃかっこよすぎます。 ヘンリー8世といえば、四角い白大福にオレンジの毛が生えたような・・・というイメージがあったのですが、これじゃ漁師とかみたいに、たくましすぎますよね。 しかも、庶民的な喋り方で、・・・王様っぽい空気が鼻をぬけながら喋るようなのがないので・・・視聴者に親近感を与えて心をつかむのにはよかったかもしれませんが、この時代の王様にはあんまし見えません・・・。

どっちかというと、こっちの下のバージョンのほうがイメージ近いと思うんだけど・・・。
>>>『The Execution of Anne Boleyn 02;Youtube video』



[ 2008年9月23日追記 ]

書こうと思って忘れてたんだけど、

 今回紹介した、「“蛇” vs  “鷲 x ライオン(グリフィン)”」 という伝統は、ハリー・ポッターの 「スリザリン vs グリフィンドール」 という形でも表されている。

 他にも、言ってしまえば、・・・イルミナティを理解する上での伝統的な情報満載である。
蛇側の者たちは、がっちり階級で整備され統一された世界を望んでいて、彼らにとって血統による魔術師でない者達はみな奴隷かそれ以下であり、その統一された平和を実現させる為のリーダーに従う。
 対して、ハリーのグリフィン側は(ハリー自体が獅子座の想定)、生きるもの全ての権利、平等の調和の平和を望んでいる。

 ハリー・ポッターの内容について、宗教的にかなり批判されたりしてきたが、J.K.ローリングも、かなりの事を知らないとあんな凄いものは書けなかったはずだ。 日本語版の子供向けバージョンではどうなっているか知らないが、この小説の凄いところは、なんせ、世の中の現状の不安な匂いが身にしみて感じられるところだ。 イギリスで911の後にガーンとやってきた不況の重苦しい不安感と、それを感じさせる、小説の中でのドラマティックな展開など。 リリースされた本のシリーズの展開の空気が、なんとなくその時の空気に沿っていた。
 イギリスの現状を描写している所が凄くある。 登場人物が白人ばかり、と批判された事もあったらしいが、例えばハリーがダドリー家にいる時に登場するのはみんな白人でも、イギリスでの生活感があれば、外出てコーナーショップ(コンビニみたいな店)行けばインド人のおばちゃんがサリーきておでこに赤いマルつけてるかわいい姿が必然的に目に浮かぶし、私は気付かなかった。

 しかも、ハリーの学校は、ヨーロッパの伝統を基にしてあるのに、さまざまな民族の生徒がいて、それがまた滑稽でかわいらしくて面白い。 白人ばかりの西洋魔術の学校というのを批判されてからバリエーションを増やしたのかもしれないが、・・・個人的に、・・・実はパチル姉妹が手持ちのインドの呪術をとっさに駆使したり、チョウ・チャンがI-Chingの棒をじゃらじゃらして占いしてるのを、小説の中には出てこないが、思い浮かべずにはいられない。
 実際、インド人のコーナーショップやカレー屋と、中国人のチャイニーズ・テイク・アウェイはイギリス人の日常生活をささえている、もの凄く重要な存在なのだ。 そして彼らはだいたい、日本人には想像しづらいだろうが、イギリスにいても自分達の文化や伝統をとても大切にしている。

 そして、私はロンドンでブルガリア人の家族と住んでいたことがあるが、その時、色々な事を学んだ。(ラッキー!)
 ブルガリアは過去に500年間ターキー(トルコ)の奴隷だった事があり、イスラム教とキリスト教の悲しい歴史があるのだが、ブルガリアのキリスト教というのはどうやら、ペイガン土着文化に混ぜ込んだようなもので、悪意の黒魔術屋とそれを解く白魔術屋というのが現在でも実際に蔓延してるようです。
 ・・・なんだか、昔の彼女をブルガリアに置いてきたのに腹をたてたその彼女の母親が、黒魔女に頼んでそのロンドンにいる男の子に呪いをかけたのを知ったので、男の子のお母さんはブルガリアの白魔女に頼んで、その呪いを解く品をブルガリアから送ってもらっていた。 そのモノがなんだったかというと、2リットルくらいのミネラルウォーターのペットボトルの中に、呪文が書いた紙が漂っており、男の子はその水を毎日飲まなければならなかった。 ははは。
 これ、正真正銘ほんとの話です。 SF的な呪いがほんとにかかってるかどうかというよりも、彼らがどのような行動をして生きているか、という事がポイント、事実、だと思います。
( ロンドンにはブルガリアからの移民がすごくいっぱいいます。 彼らはハッピーなどんちゃん騒ぎは派手ですが、だいたい柔軟で温和な人達です。 私の夫の話によると、今ロンドンはポーランドからの移民が急増してて、ポーランド系はちょっと殺気立っててコワイそうです。)
 それと、前にも少し書きましたが、・・・アイルランドもまた、キリスト教を土着文化に混ぜ込んでごっちゃにした代表的な国であり、フランスといえばバフォメットとテンプル騎士団なので、・・・とにかく、ハリー・ポッターには、様々な現実が織り込まれているので、イギリスの読者の“共感”をわしづかみ!なのです。。。

 実はまだ、私はなかなか忙しくて最後まで本を読めてません。 本を読む前にDVDを見たくないので、結末の繊細は知らないままです。
 いったい、J.K.ローリングはこの問題をどうやってどのようにして終結させたのか、何か鍵があるのではないかと思って、余裕のある時に少しずつ読んでいます・・・。
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posted by macco sneezingsparrow at 17:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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